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STORY2月号を読んで40歳という年齢を考える

STORY(ストーリィ) 2017年 02 月号 [雑誌]

 

1月。成人式の数日前、ラジオで今年二十歳を迎える新成人が生まれた頃の音楽を流していた。全部知っている曲だった。この音楽が流れた頃、私は20歳。私、今度成人する子の倍生きているんだ。すごい年齢になったもんだと改めて感じる。去年40歳になったばかりだからか、この数字に慣れない。アラフォーと軽い響きの言葉を使ってもアラサーよりひどく重く感じる。だって成人の子の倍生きてるんだから、重くて当然と思いつつ、40という数字から逃げたい自分がいる。

美容院に髪をきりにいく。シャンプーが終わり、カットの席に座った後、店員さんから差し出された雑誌はSTORYと女性自身だった。ばっちり40歳向けラインナップ。やっぱりそう見えるんだなぁと少しがっかりする。ファッションも芸能記事もそれほど興味ないけれど、STORYの読み物記事はわりと好きだ。ページをめくって、まず林真理子さんのエッセイを読む。元カレが、もし死の床にあったら会いに行くかなんて、還暦をすぎた林真理子さんらしい話題だ。読んでいくと、40という数字がでてきて、ドキッとした。

この連載でもしつこく言っているように、40代というのは女性が本当に美しいときである。もちろん、努力している人、という前提がつくが、内側から蓄えたさまざまなものが表に出て、さらに輝きと香気を増す。

わたしなど、まだ40のはじめで、おばさん化が加速度ついているなぁ、と嘆いているのに、後10年のスパンを美しくいられるだろうか。その点、この雑誌に載っている女性はさすがだ。服を着こなして、ハツラツと笑っている姿は本当に美しい。努力すれば、40代は美しく見える最後の時期なのか。結局元カレの話より、「美しい」という形容詞が強く残った。

 

成人の日、TVでは成人式の様子を何度も伝えていた。振袖姿の女の子は、髪もメイクもばっちり決めて、はちきれんばかりの笑顔をカメラに向けている。「かわいい」という形容がぴったりだ。「美しい」という形容は、もう少し年が過ぎた人間のほうが似合うのかもしれない。あの女の子たちも、これから「美しい」に向かっていく。前提条件として、努力が必要らしいけれど、ね。